- 2008-08-19
- 2008 Malaysia

両脇に砲門を従えたサンチャゴ砦をくぐる。目の前を延びる石段は小丘の頂上へと続いている。
階段を上りきると、心地よい木陰に入る。その建物は目の前にあった。
16世紀、この地を支配していたポルトガル人の手によって建てられたセントポール教会。およそ500年を経た今、残されているのは崩れそうな石壁だけだった。白い塗装は半ばはげ落ち、赤茶色の石がむき出しのまま自然にさらされている。屋根の代わりに真っ青な空が広がり、強烈な太陽が刺すような光をそのまま投げかけてくる。柱も装飾も像もないがらんどうの内部を、海風が渦を巻きながら通り過ぎていく。
正面の入口に、マラッカの街並みとマラッカ海峡が映し出される。
その四角い枠をくぐり抜けて外に出る。傍らにザビエルの像が立っている。
はるか遠く、緩やかな弧を描く水平線が、海と空とをくっきりと分かっている。
確かに、同じような空気を感じる。透明なはかなさのようなものを。
数年前、マラッカと同じようにポルトガルに支配されていたマカオを旅した折り、セントポールという同じ聖人の名を冠した教会を訪れた。教会は何度かの火事で焼け落ち、ファザードだけがゆるやかな小丘の上に屹立していた。その一種異様な姿は印象的だった。教会を見て回った後、対面にあるモンテの砦に登り、ファザードだけの平べったいセントポール教会と、マカオの街並みと、砲門の先に広がる海を眺めた。
その翌年に訪れたモロッコのエッサウィラ。ここもかつてポルトガルが支配した地であり、大西洋に沿って砲門が並ぶスカラと呼ばれる砦の上に立ったとき、同じ空気を感じた。
その数週間後に訪れたポルトガルのリスボンでは、アルファマの丘に建つ白い教会から、砲門が並ぶサンジョルジェ城から、リスボンの街並みやテージョの流れ、そこを行き交う船を飽きもせず眺めた。そのときも。

栄華の果て。夢の跡。当然そこには使命と野望、その裏返しとしての血と涙が入り交じっている。
その名残を「哀愁」のひとことで片付けては、単純に過ぎるのかもしれないけれど。
夕方、またこの丘に登ることにする。ここからあの海峡の彼方に落ちる夕日を眺めることができたら、マラッカに来た目的は半ば達成されたといっていい。
- Newer: Essaouira, Morocco
- Older: 8月15日の多摩サイ