2008 Malaysia Archive

マレー半島を北上せよ(10) マラッカの夕陽

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家並みと人の長く濃い影が路地をすっかり覆うようになった午後6時半。
チャイナタウン散策を切り上げ、オランダ広場のキリスト教会の前を通り過ぎ、
セントポール教会が立つ丘へと急ぐ。

石段をひとつ上るたびに、視界が少しずつ開けていく。
街並みが下方に遠ざかり、青い空の面積が広がり、やがて海が姿を見せ始める。
そして、海を輝かす夕陽が現れる。

ポルトガル居住区にとどまり、あの古い桟橋の上から夕陽を眺めるのも魅力的に思えたけれど、
マラッカの夕陽はこの丘から眺めようと決めていた。

頂上にたどり着き、教会のファザードと向かい合い、内部に入る。
ふきさらしのがらんとした雰囲気は午前中に訪れたときと同じだが、受ける印象は明らかに違う。
光の射す角度の違いのせいだ。
空高く強烈な輝きを放っていた太陽が、いまは赤みを深めつつマラッカ海峡に沈みゆこうとしている。

往時の教会ならば、海の上の夕陽がファザードの窓のステンドグラスを鮮やかに照らし出し、
薄暗いこの堂内に荘厳な光が射し込んでいたのだろう。

いまは、その同じ夕陽を、ガラスも装飾もない窓のひとつがそのまま静かに映し出している。


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教会を出る。
敷地では、少なくない人が西側の柵に沿って並び、太陽が沈むのを待っている。
その列に加わる。

夕陽はいったんは雲に隠れたものの、最後の最後に真っ赤なまん丸の姿を一瞬だけかいま見せて、
水平線の彼方へと静かに消えていった。

これで思い残すことはない、と思った。
明日はバトゥ・パハに行こうと決めた。

丘を下っていると、突然、大きな呼び声がどこか遠くから響いてきて、足を止めた。
聞き覚えのある節回しと文句。アザーンだった。

高揚感を伴うざわめきが心を包み込む。
アザーンを耳にするときほど、自分が異境を旅していると実感する瞬間はあまりない。

ポルトガル居住区の桟橋ではポルトガルへと想いが飛び、いまは懐かしきアザーンの調べに
心がアラビアへと飛んでいった。しかし、ここはヨーロッパでもアラビアでも、マグレブでもない。
自分はいま、まぎれもなく東南アジアを旅している。さまざまな民族や文化、宗教が混在する
マレー半島を。

不思議な異境感覚に包まれながら、丘の中腹に立ちつくしていた。
見下ろす街並みに、灯がともり始めていた。

マレー半島を北上せよ(9) ポルトガルへ架かる橋(後)

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幻惑ではなかった。
午前中、セントポール教会の丘から望んだ海が、今やすぐ目の前に広がっていた。
シンガポールに降り立って以来、そしてマラッカに来てから初めて間近に向き合う海。

泳ぐ人もいない、行き交う漁船もない。波の音と太陽の光だけが静かに漂う。
寂しさと安らかさと懐かしさをかきたてられる。
ああ、この感じ、と思った。ようやくポルトガルらしさが出てきた。

左手の海岸から、木造の古びた桟橋が、海に向かってまっすぐに延びていた。
導かれるように、その頼りなさげな桟橋に足を乗せると、一歩一歩、確かめるように前へと進む。


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海岸が後ろに去り、次第に海と空と光だけの世界に囲まれていく。
このままずっと海の上を渡って行けたら......。

そんなはずもなく、しばらく歩くと先端にたどり着いた。
残念、そして安堵。

足の下から頭の上まで、視界には海と空のふたつしかない。
そのふたつを、視野いっぱいにゆるやかな弧を描きながら横切る水平線が分かっている。
マラッカの外れにあるポルトガル地区の海岸から始まるこの古くて細い橋は、目には見えないけれども、
あの水平線の遙か彼方へと延び、ポルトガルへと架かっているのではないか。
先端でたたずんでいるうちに、そんなイメージがふと湧いてきた。

橋はマラッカ海峡を抜け、インド洋を横切り、昨年訪れたイエメンのアデン、モカの鼻先を通過する。
紅海から地中海に入り、チュニジアのマハディア、シチリアのシラクーザ、ジブラルタル海峡を抜け、
大西洋へ。一昨年訪れたモロッコのエッサウィラを通って、ユーラシアの果て、ポルトガルへ。
渡りきるとそこは、ロカ岬。いや、やはりまだ訪れたことがない地の果ての町、サグレスがいい......。


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RICOH GR21 + ACROS 100 (カラースキャン、3枚とも)


いっとき雲に隠れていた太陽が、また顔をのぞかせ始めた。海面がぱっと輝き始める。
白昼夢は終わった。桟橋を引き返すことにした。これ以上太陽にさらされたら確実に熱中症になってしまう。

タクシーを降りた広場へと引き返すと、向かいにある「レストラン・ド・リスボン」へ入ってみる。
あいかわらず眠っているように静かだったが、営業はしているようだ。

なにはなくとも、冷たいビールを。
ああ、もう、これさえあれば。

マラッカの外れにあるポルトガル地区。そこで最後に出会ったのは、遠きポルトガルへとつながる
細くて古い橋だった。物理的には頼りなく、途中で終わっているけれど、胸の中ではしっかりと
彼の地へとつながった。いつかあの橋を渡って、まだ見ぬ最果ての町サグレスを目指す旅をしたい。
そのはずれにある、眠ったように静かな店で、サグレスビールで乾杯する。その日が来ることを
祈りつつ、今はタイガービールを注いだジョッキを傾ける。


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マレー半島を北上せよ(8) ポルトガルへ架かる橋(前)

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ポルトガル人の末裔が住むという地区がマラッカの片隅にあることを旅立つ直前に知ったとき、
ここは必ず訪ねてみようと思った。「夕陽を眺める」と並んで、「大航海時代の面影を追う」
というのが、マラッカでの目的らしい目的だったからだ。

旧市街の路地を探索し、海南鶏飯を食べ終えたのは午後2時過ぎ。そのポルトガル居住区を
訪れることにした。最も暑く、陽射しの強い時間帯だ。町の中心であるオランダ広場まで歩いた
ところで、これ以上徒歩で行く気力は失せ、タクシーをつかまえた。

「もうすぐ着きますよ。でもねぇ、昼間来ても何にもありませんよ。夜になればフードセンター
は食事客でにぎわうのですけどね。そうそう、タクシーは1台も待っていませんから、帰りは
ずっと向こうの大通りまで歩いてバスを捕まえるといいですよ」

タクシーが去ると、そこはぼく一人だけだった。ドライバーが教えてくれたとおり、目の前には
ポルトガルの首都の名を冠したレストランがあったが、昼下がりの今は人の気配とてない。

反対側の、民家が並んでいる方を目指して歩きだす。
おそらく、あそこがポルトガル地区だ。

陽射しがあまりにも強烈だ。幻惑と目眩の感覚。


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実際にたどり着いてみると、ポルトガル居住区と言われているその場所は、郊外の他の地区と
さほど変わりのない、いたって普通の住宅街のように見えた。確かに、家の造りや手入れの
行き届いた庭、柵、装飾などに南欧風、カトリック的な要素は見受けられる。が、それもよくよく
観察すればのことであって、ここがポルトガル地区だと知らなければ、さしたる関心も払わずに
通り過ぎてしまっていたに違いない。


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しばらく歩き回ってみたが、強く目を惹きつけられるようなポルトガル的なものは見つからなか
った。期待していただけに、失望は否めなかった。

そして、この午後の暑さとまばゆさ。

さっきタクシーを降りた広場まで戻って、リスボンとかいうあの眠っているようなレストランで
ゆっくりビールでも飲もう。そっちのほうがポルトガルの雰囲気を味わえるかもしれない。
この誘惑には勝てそうになかった。が、あともう少しだけと思い直し、路地を反対の方向に
歩いてみることにした。

住宅がまばらになり、わずかな木陰も消えた。南国の太陽が、いよいよ容赦なく全身に
降りかかってくる。
やっぱり、レストランだ。ビール、ビール。そう思いかけたそのとき、遠くに、ある存在を認めた。
まばゆい陽光と真っ白な雲の下、ゆるやかに、くっきりと描かれる弧。
幻惑か。それとも目眩のせいか。

足取りが自然と軽くなった。


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マレー半島を北上せよ(6) 海南鶏飯

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PENTAX MZ-3, FA50mm/1.4, RVP-F


(前回のセピア調からガラリと変わります)


マラッカの旧市街は、さまざまな色で満ちている。

中華、キリスト教、イスラム、ヒンズー。文化と宗教の混在が、そのまま家並みの壁や飾りに表れている。

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白壁に青いドアの家も。
漢字さえなければ、モロッコのエッサウィラやシャウエンなど、ポルトガルとスペインの
面影を残す白い街とそっくり。

そういえば、マカオでも同じような白壁に青枠の建物を目にした。
それもこれも、ポルトガルの残滓なのだろうか。

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くたびれたので、ひと休みがてら、なにか食べることに。
といっても、食べたいものはとっくに決まっている。

近くの食堂に入って、目的の料理を注文。
しばらく待つと、目の前に出される。
海南鶏飯。これを食べたかった。
もちろん海南鶏飯ならマレーシアのどこでも食べることができるが、マラッカの海南鶏飯は、
ご飯がゴルフボール大の球状になっているのが特徴。

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旨い、安い。もうひと皿。

マレー半島を北上せよ(5) マラッカ旧市街へ

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セントポール教会がたたずむ小丘を下りきると、オランダ広場に出た。
マラッカのシンボルともいうべき赤いキリスト教会とスタダイスが目に飛び込んでくる。
その前を横切ると、マラッカ川の静かな流れ。その向こうに広がるのが、旧市街だ。

マラッカの旧市街は、今回の旅で最も散策を楽しみにしていた場所だった。とはいっても、過度な期待は抱いてはいなかった。素朴な街並みの一画にでも迷い込み、懐かしい雰囲気の一片でも味わえれば訪れた甲斐があるだろう。そんな気持ちで、橋を渡る。

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古き良き文化や生活が連綿と息づく街......。
それは今や、世界のどこを訪れても幻想の中にしか存在しないものなのかもしれない。おとぎ話の街ともたとえられるイエメンのサナアでさえ、現代文明がどんどん入り込んでいるのを目の当たりにした。

そこに暮らす側だけではなく、そこを訪れる側も変わりつつある。ネットとケータイとデジカメ、この3つが、旅行者のスタイルと意識を大きく変えている。日本でいつも使っている携帯が、サナアの安宿からでも使える時代なのだ。そんなもの必要ない、と拒否できない自分。より便利に、より手軽に、よりクリアに、より近くに、より早く。

旅とは現実と向かい合うもの、同時に、蜃気楼を追いかけるようなもの。遠くに見えるあのオアシスから水をひとすくいでもいいから飲み干してみたい。そんな想いから、憧れの彼の地を訪れる。徒労に終わることも多いが、本当の泉にたどりつくことだってある。だからこそ旅が止められないのだろう。が、0と1に支配され、あらゆるものが明快にされ、接近し、いともたやすくつながってしまう世界からは、数少ないオアシスも干上がり、はかない蜃気楼までもが霧散してしまうのではないか。そのときが来ても、旅をあきらめないでいられるのだろうか。それはわからない。今はこの目の前に広がる街から、何かと出会い、感じ取り、心に焼き付けていくしかない。


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RICOH GR21(3枚とも)

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